作家の不思議(7) サインはどう練習するのか
麻見和史です。知人の質問に答える「作家の不思議」シリーズ、第7回です。
以下は麻見の個人的な見解ですので、これに当て嵌まらないケースも多々あると思います。どうかご了承ください。
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◆不思議その7「サインはどう練習するのか」
子供のころ、誰でも一度はサインの練習をしたことがあるのではないでしょうか。
私の場合、昔は漫画家になりたいと思っていて、小学生のころからサインの練習をしていました。中学生ぐらいになると「漫画家より作家のほうがいいな」と考えるようになり、またサインの練習をしました。
今もどこかに古いノートが残っているかもしれませんが、見たら恥ずかしくて気を失ってしまうかもしれません。
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話は飛んで2006年、作家デビューの夢が叶いました。よーしサインするぞ、と考えたとき、はっとしました。
子供のころずいぶん練習しましたが、あれはすべて本名でのサインです。作家デビューするときにはペンネームを付けたので、今までの練習はすべて無駄ということに……。
編集担当氏から「サインの練習をしておいてください」と言われるわけではないので、自分で練習を始めました。子供のころを思い出し、チラシの裏などにペンネームを何度も書いていきます。はっきり言って、かなり恥ずかしい光景です。
このとき、どの程度まで字を崩していいのか、という疑問が湧きました。判読できないぐらいまで崩すと、ちょっと失敗してもばれにくいというメリットがありますが、そうなると「誰のサイン?」と言われてしまうかもしれません。やはり、読めるようにしたほうがよいだろうと思いました。
「作家」「サイン」というキーワードでネット検索し、実際にサイン本も買って、ほかの先生のサインを研究してみました。作家の場合、ごく普通に名前を縦書きする方が多い、ということがわかりました。
さて、本番です。実際の書籍にサインをする機会がやってきました。書店さんに置いていただくためのサイン本作成です。このときは非常に緊張しました。きれいな本を、自分の字で汚してしまうんじゃないかと思うと、胃が痛くなってきました。
実際、何冊かサインしているとバランスの悪いものが出来たりします。本を買ってくださる方に申し訳ないという気持ちになりました。
その後もサイン本作成をさせていただいていますが、慣れるということがありません。今では、うまくなくても、1冊1冊できるだけ丁寧に書かせていただこう、と考えるようになりました。
しかしいつも思うのですが、自分が書いたサインは下手に見え、ほかの先生が書いたサインは恰好よく見えるのは、なぜなんでしょうね。
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