アニメ『スペース☆ダンディ』
麻見和史です。今日は珍しく、テレビアニメの話です。
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宇宙もののSFアニメ『スペース☆ダンディ』を毎週見ている。宇宙人ハンターであるダンディが宇宙人とロボットを従え、あちこちの星で冒険するという話。
いったい誰向けのアニメなのだろうと思っていたら、まさに私の世代向けだった。『キャプテン・フューチャー』とか『クラッシャージョウ』とか、なつかしいアニメを思い出します。
あのころは宇宙に夢が持てた時代だった。
人類が月に立ち、国際宇宙ステーションが現実のものとなった今、かえって宇宙は遠いものになったような気がする。もう辺境の星の宇宙人がどうとか、夢想することが難しい状況になっていますよね。
そんな中で往年の宇宙SFをやろうとしたら、ちょっと距離をおいてコメディー路線でやるのが正解かもしれない。ということで、『スペース☆ダンディ』は笑いを重視した作品になっている。
一話完結なのだが、数話見て驚いたのは、そのエピソードの中で人類の歴史が終わってしまったりすることだ。それなのに次の話では、何事もなかったかのようにダンディたちが登場する。
シリーズ構成どうなってんの、と言いたくなるのだが、いや待てよ、と思った。これは『スペース☆ダンディ』だからこそ、できることではないのか。
脚本家の頭の中には、シリーズ構成上、使いたくても使えないアイデアがたくさんあるだろう。『ダンディ』ではそういうアイデアを自由に使っていいですよ、ということになっているのではないか。
だとしたら、これは滅多にないチャンスである。脚本家がのびのびと書いている様子が目に浮かぶ。
好みの回も、そうでない回もあるが、それだけに目が離せない作品となっている。実験的なものも排除しない、大変な意欲作である。
いったい何を熱く語っているのかとお思いでしょうが、『スペース☆ダンディ』には文学界も注目しているはずである(たぶん……)。
なぜなら第11話「お前をネバー思い出せないじゃんよ」の脚本を担当したのは、芥川賞作家、円城塔先生だからである。これ、エンディングのクレジットを見てびっくりしました。
まとめ。『スペース☆ダンディ』は、今は作りにくくなった短編SFアニメの集合体である。
途中でダンディたちが命を落としたり、人類の歴史が終わったりしても問題ない。SFなのだから、「これは平行宇宙の出来事ですよ」と言ってしまえば、すべて説明できるからだ。
そういうわけで、回によって多少ダンディの顔が違っていても、「そういうパラレルワールドもあるよな」と理解すればいいのである(たぶん……)。
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