医療における病理解剖
麻見和史です。勉学の秋ということで、10月1日、公開シンポジウム『医療における病理解剖』に出席してきました。
場所は東大本郷キャンパスの医学部本館大講堂。この建物には解剖実習室などがあると聞いている。
医学部本館。クリスマスにはなぜかライトアップされていました。
拙著『ヴェサリウスの柩』は東都大学という架空の大学を舞台としたミステリーで、モデルとなったのは、ここ東京大学である。作中、医学部本館は大変重要な意味を持つ場所なのだが、モデルとなった建物には一般人はなかなか入れない。だから想像で書くしかなかった。
今日、このシンポジウムのおかげで、初めて医学部本館3階まで上がっていくことができた。東京大学に出入りするようになって4年がたっている。まさに感無量。人はこれを巡礼と呼ぶのか。
長く続く廊下。『ヴェサリウスの柩』にこんなシーンを書いたなと思ったら、5章にそれらしい描写が見つかった。あのときは想像で書いたが、それほど外していないことがわかった。
3階に到達しました。偉い先生方の像がたくさんある、ちょっと不思議な空間。
あっ、もしかしたらこれは標本室の入り口では。
残念ながら、医療関係者しか入れない施設である。非常に気になる。
会場は階段教室だった。古い造りなので席が狭く、かなり窮屈です。
MAX300人と聞いていたが、席には相当余裕があった。いいシンポジウムだったのに、もったいない。
以下は概要のメモです。敬称略。門外漢のことゆえ、間違ったことを書いているかもしれません。ご容赦ください。
◆病理学「今日の医療における病理解剖の意義と役割」 深山正久(東京大学教授)
・解剖には系統解剖、法医解剖、病理解剖がある。
・病理解剖には2~3時間かかる。
・一定の割合で誤診(臨床診断と病理診断の不一致)はある。事実を明らかにするためにも病理解剖をもっと実施すべき。
・病理解剖を行うことで遺族は納得し、癒しの効果が期待できる。
・1990年くらいから病理解剖数が減っている。病理医が多忙のためか。
・病理解剖の代替手段としてCT、MRIによるAi(Autopsy imaging=死後画像診断)があるが、Aiと病理解剖の結果は20%ぐらいしか一致しない。すなわちAiではわからないことがある。だから病理解剖は必要。
・日本の病理医はアメリカの五分の一の人数しかいない。
◆内科学「 内科医療と病理解剖」 栗山勝(大田記念病院院長、日本内科学会認定医制度審議会会長)
・日本内科学会認定教育施設の認定条件として年間の剖検数を10体としているが、未達成の施設が増えている。マンパワー不足などで、病理解剖をする余裕がないようだ。
・病理解剖は内科医にとっては「裁判」。過った診断、治療が行われていなかったか、チェックするよい機会である。反省材料とすべき。
・CT、MRI機器の普及率は日本がトップ。Aiは病理解剖と対立するものではなく、補完し合えばいいと考える。
◆外科学「外科医療と病理解剖」 國土典宏(東京大学教授)
・生体肝移植を受けた患者さんが亡くなった。病理解剖の承諾が得られなかったので、CTスキャンした。肺塞栓らしいとわかった。
・肝臓がんの患者さんに生体肝移植をした。拒絶反応か肝炎が疑われる状態で亡くなったが、病理解剖したところ真菌感染症だとわかった。
・死因不明のまま放置することはできない。病理解剖は必要。Aiも有効かもしれない。
◆医療安全「医療安全と病理解剖」 原義人(青梅市立病院長、医療安全調査機構中央事務局長)
・平静11年は医療事故が相次ぎ、医療安全元年と呼ばれている。
・医療者は警察、司法の介入を嫌う。警察の代わりになる公的な調査機関がほしい。また、医師法21条の廃止を求めたい。
・2005年から「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」がスタートした。解剖に当たって遺族に抵抗はあったようだが、結果としてはやってよかったという感想が多かった。
◆法医学「法医解剖か、病理解剖か、その区別」 岩瀬博太郎(千葉大学教授)
・交通事故の例。自分で歩いて病院に来た患者が、のちにめまい、吐き気を訴えて死亡。司法解剖したところ、肺塞栓を発見。足を開いてエコノミークラス症候群と判明。ここから血栓が飛び、小脳の梗塞となって寝たきりになった。また、頸部を調べて椎骨動脈に亀裂を発見。内膜にも損傷あり。じつは交通事故が原因の死亡であった。これらは、解剖をしなければわからないことだった。
・法医解剖は公益が目的なので、遺族の承諾なしにできる利点がある。しかし病理解剖は遺族の承諾が必要で、そこに壁がある。
◆放射線医学「病理解剖と死後画像診断」 兵頭秀樹(札幌医科大学講師)
・札幌医大では教育の一環として、死後画像診断を実施している。遺族とも接するようにしており、学生にあるべき医師の姿を考えさせるきっかけとなっている。
・Aiを実施するのは放射線診断医。彼らは今後、病理医、法医と連携していく必要があるだろう。
◆メディア「病理解剖への期待と限界」 原昌平(読売新聞大阪本社編集委員)
・現行のシステムでは、病理解剖の実施数を増やすのに限界がある。ひとつの案として、異常死の届け出を受理する専門機関を作ってはどうか。
・2005年のデータで、系統解剖の実施数は3000ほど、一方で献体登録者数は7000を超えている。献体する人は増加傾向にある。解剖は世の中に浸透し、抵抗がなくなってきているように思う。
・じつは、死体検案には健康保険が適用できる。病院で医師が死亡確認するまでは、死者ではないからである。保険でまかなえるようにすれば、さほど費用の負担を増やさずに病理解剖が広められるのではないか。
◆ご遺族から
・実際に病理解剖を承諾なさった遺族の方の体験談。
◆質疑と討論:パネルディスカッション
・順天堂大学の病理の先生から。1回病理解剖をすると2~4時間かかる。人手不足の状態でこれはきつい。新聞社の方からも、その現実を世の中にしっかり伝えてほしい。
・治験は点数加算される。病理解剖もそんなふうにできないか。
・今、歯科医の人数が余っている。彼らを病理解剖に回せないか。
・(前の提案に対して)いや、病理の教育を専門的に受けていないと無理だろう。歯科医に解剖の助手を頼んだことがあるが、やってみますかと訊くとみんな尻込みする。
・この国は医療安全に金を使っていないと思う。
・筑波大学で病理解剖をしていた先生から。病理解剖をすると、医師や看護師が自分の行ってきたことを振り返るよい機会になる。患者への接し方を再考し、明日からの治療、看護に活かすきっかけになる。
・国民には、解剖を受ける権利があると言いたい。病理解剖数をもっと増やしていくよう、地道に世の中に働きかけていこう。
といった内容であった。3時間弱だが、とても密度の高い催しだと感じた。
ただ、私のような門外漢にはちょっと混乱する部分もあった。これは私の勉強不足のせいだが、今日のシンポジウムが何を目的としているのか理解しておらず、途中で違和感を覚えたのだ。
具体的には、質疑と討論のコーナーである。順天堂大学の先生が、現場はとても苦労しているということを切々と訴えておられた。だが、大変だ大変だとおっしゃったあと質問もなしに話が終わったので、あれ、と思ってしまったのである。今、質疑の時間じゃなかったっけ?
これ、先に配られていたレジュメを読むと謎が解けるのである。
今日のシンポジウムの主催は日本学術会議と厚生労働省。病理解剖の件数が減っているのはまずいよねということで、厚労省の科学研究費を使い、病理解剖をもっと普及させる方策を考えようとしたものらしい。
だがそうは言っても現場には金がない、人がいない、時間がない。このままでは剖検数を増やすことなどできはしない。さてどうしましょう、という「問題提起」がこのシンポジウムの目的だったのだ。だから順天堂大学の先生は切迫した現場の状況を報告し、日本学術会議や厚労省にSOSを発信した。うちもこんなに困っているんですよ、と。
当方、今日の催しは研究成果の発表会だと思い込んでいたので、途中で話がわからなくなっていたのだった。
それを理解した上での感想ですが……。
現在、誰がどのタイミングで「よし、これは病理解剖だ」と判断しているのだろう。病院の偉い人や主治医の判断で「君、病理解剖やっといて」となっているのか。つまりは個々の医療者、個々の病院のやる気次第ということか。
それを制度化することで剖検数を増やそうというわけだが、ではどこまで増やしたらOKなのかがちょっとわからなかった。増やす増やすといっても、剖検率100%を目指すわけではないはずだ(ですよね?)。
剖検数を増やすには、病理医を増員しなければならない。しかし、ただでさえ医師不足なのだから難しいことだと思う。極端な話をすれば、亡くなった人と今病気で苦しんでいる人とどっちが大事なんだ、という議論が出てくる可能性もある。
今の日本の医療事情を考えると、まずは臨床医を増やすことが急務かなと思う。そのあと、やっぱり死因究明が必要だよねとなったときにAi関係者の増員。病理医は一番最後に回されそうな気がする。
読売新聞の原さんが興味深いことをおっしゃっていた。世の中を動かすのは「事件」である。死因の判断に重大な間違いがあったなど、センセーショナルな事件が発生すれば、病理解剖が注目されることになるだろう、というもの。そうかもしれない、と思った。
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