麻見和史です。先週金曜(9月4日)の新型インフルエンザシンポジウム『Pandemic』に続いて、今日も東大本郷キャンパスへ行ってきました(シンポジウム『Pandemic』の内容はこちら)。
東京大学産学連携協議会運営本部主催の第16回科学技術交流フォーラム『複雑系科学技術─複雑さに挑み、複雑さを活かす科学技術へ向けて─』に出席した。
場所は三四郎池そばにある山上会館(さんじょうかいかん)の2階、大会議室である。開会まであまり時間がなかったが、せっかくなので三四郎池の写真を撮ってきた。
水辺へ下りたのは久しぶり。拙著『ヴェサリウスの柩』は架空の東都大学が舞台だが、東大本郷キャンパスを取材して書いた。三四郎池らしき場所も出てきます。
池の周りを歩いていくと、途中に藤棚があったはずである。花の季節にまた訪れたい。
撮影後、急いで山上会館に向かった。名前は前から知っていたが中に入るのは初めてだ。
坂道を登ったところにある。ちょっと見にくくてすみません。
地下1階に食堂があるが、11時から13時半までは教職員専用となるらしい。ランチ700円という看板が出ていた。1階にはラウンジがあり、こちらでも何か食べられるようだ。
2階会議室は定員150名ほどと思われるが、今回参加申し込みが予想以上に多かったそうで、うしろにパイプ椅子が並べられていた。
会議室後方より撮影。実際に座ったのは前のほうの席だった。スライドを見上げる恰好になって、首が痛くなった。
さて内容である。敬称略で失礼します。毎度のことだが、門外漢のメモなので、誤解や勘違いがあったらすみません。
◆開会挨拶 影山和郎 (東京大学 産学連携本部 教授・本部長)
・合原先生らの複雑系の研究が、9月4日に国家プロジェクトとして採択され、多額の予算がついた。絶妙のタイミングで今日のフォーラムを迎えることができた。
◆挨拶 松本 洋一郎(東京大学 理事(副学長))
・コメント。どこかで拝見したなと思ったら、先週金曜のシンポジウム『Pandemic』でも挨拶しておられた方だった。
◆イントロ 「複雑系科学技術の地平」 合原一幸(東京大学 生産技術研究所 教授)
・数理工学とは現実の諸問題を数理モデルにより解決すること。
・複雑系とは何か。明確な定義はないが、非線形(ノンリニア)であり、カオス。脳科学、生命科学、社会学、経済学などで今後力を発揮しそう。
・カオスとは何か。バタフライ効果、非周期性、フラクタル構造、長期予測不能性と短期予測可能性、カオスの中の秩序、有界性。
・詳しくは『社会を変える驚きの数学』などに説明してある。
◆講演1「自己組織システムとしての脳のデザイン」 山口 陽子(東京大学 大学院情報理工学系研究科 教授)
・ヒトの脳の神経細胞は2000億個ある。脳波はカオス。リズムを持つ。
・将棋の棋士。次の一手が頭に浮かび、そのあと手を検証している。
・認知地図仮説。「ネズミは世界を知っている」。
◆講演2「脳科学と機械学習」 岡田真人(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授)
・事物の関係。事物の距離。ヒト、サルの顔の認識はどうなっているか。マクロとミクロ。
◆講演3「複雑系コンピューティング」 河野崇(東京大学 生産技術研究所 准教授)
・二次割当問題。シリコンニューロン。シリコンシナプス。
・複雑系の研究成果であるシリコン網膜は、携帯電話のカメラに使われている。
・最終目標はヒトの脳に匹敵するものを作ること。
◆講演4「複雑な脳回路活動の創発」 池谷裕二(東京大学 大学院薬学系研究科 准教授)
・海馬ネットワークの演算結果を可視化した。95%が自発活動。従来これらは「ノイズ」と考えられていたが、そうではないらしい。
・神経回路に同じ刺激入力があっても、アウトプットは異なる。その差は脳の自発活動によるのではないか。入力+ゆらぎ=出力。
・ルビンの壺の例。人の横顔に見えるか、壺に見えるか。その差は脳の自発活動によるのでは。
・ヒューマンエラー。単純作業を続けていると、脳細胞の「発火」によって6~30秒前にエラーすることが予測できる。
・幽霊は再現性がないゆえ、科学的に肯定も否定もできない。科学の対象ではない。脳機能もまた再現性がないために科学の対象ではないと考えることもできる。
◆講演5「複雑系生物学」 金子邦彦(東京大学 大学院総合文化研究科 教授)
・進化は遺伝子の表現形のゆらぎ。
・同一遺伝子の個体間でのゆらぎ(分散)が大きいほど進化速度が速いようだ。
・ノイズは、安定性を得た系での進化に必要らしい。
◆講演6「新型インフルエンザと複雑数理モデル」 鈴木秀幸(東京大学 生産技術研究所 准教授)
・新型インフルエンザが感染拡大していく様子をシミュレーションするシステムを開発した。
・従来のシステムに比べると、人の流れなど高精度時空間データを取り込み、確度の高いものとしている。
・コメント。特に「新型」インフルエンザ用に開発されたわけではないと思うのですが……。
◆講演7「数理モデルが拓く新しい癌治療」 田中剛平(東京大学 生産技術研究所 助教)
・前立腺がん治療として、アンドロゲン(男性ホルモン)の分泌を抑制する方法がある。間欠的内分泌療法は、数理モデルを利用し、最適なタイミングで抑制剤を投与するもの。
◆講演8「複雑時系列データからの情報抽出」 平田祥人(東京大学 生産技術研究所 特任助教)
・非線形時系列解析。遅れ座標。埋め込み。非線形予測。
・ある状態を観測しプロットしたものから、観測されていない状態をおおむね再構成できる。
・リカレンスプロットから元の時系列をおおむね復元できる。
◆講演9「金融危機と複雑性」 藤井眞理子(東京大学 先端科学技術研究センター 教授)
・2007年に始まった世界的な不況の背景説明。サブプライムローンの複雑性。あまりにも複雑すぎて、利用者は説明資料を読んでいないだろう。格付け機関の評価を信じてしまった。
以下、個人的な感想。
複雑系というからには一見秩序の感じられない現象が相手である。そこから規則性・周期性などを導き出せれば、状態の理解・世界の理解に役立つ、ということのようだ。
ただ、先生方の発表を聞いていてちょっと疑問に思ったのは、これら複雑系の研究がそのまま産業界に受け入れられるだろうか、という点である。今日のフォーラムが、産学連携協議会主催であることを考えると、なんらかの形で産業界へのアピールがあったほうがよいと思われる。企業はどうしても、目に見える形での成果を求めるものだからだ。
その意味では、自動食器洗い機に二重振り子の仕組みが採用された事案は大変わかりやすかった。これは合原先生らの複雑系研究が実装に至った代表的な例である。こうした事例が増えてくると、企業も俄然興味を示すようになるだろう。
ところで、今日一番インパクトがあったのは、講演9・藤井先生のときに行なわれた質疑応答であった。60代ぐらいの男性だと思うのだが、一言いわずにはいられないという感じで、
「投資はかまわないが、投機目的で株取引などをするのはよくないことである。イスラム社会では利子をとらない。我々も株取引などの利益には税金を99%ぐらいかけるようにすべきである。そうでないと社会がよくならないと思うのだがどうですか」
といったことを熱く語っておられた。いや、あの、今日は複雑系のフォーラムなんですが……。
ちょっとどうしていいかわからないという雰囲気が会場に満ちたが、藤井先生は笑顔で対応。「ご意見うかがっておきます」と言って話を切り上げた。さすがに場慣れしていらっしゃるという印象を受けた。
本フォーラムとは無関係だが、鳩山由紀夫さんは東大工学部で数理工学を勉強していたらしい。複雑系の研究が政治に活かされたらすごいですね、などという話が出ていた。
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